日本語教育
【創立30周年】ヒューマンアカデミー日本語学校 東京校~辻校長が考える「学び」とは~
2021年4月で創立30周年を迎えるヒューマンアカデミー日本語学校 東京校。ヒューマンアカデミーの日本語教育に約30年携わってきた辻和子校長に、学びの面白さや、日本語教育への考え方についてインタビューしました。
▲2017年3月の卒業式後の集合写真
ヒューマンアカデミー日本語学校が目指す日本語教育
私たちヒューマンアカデミー日本語学校は「グローバル人材育成」のために、学習者が社会活動をする力の養成、すなわち、社会活動に必要な日本語のコミュニケーション力と社会人基礎力の養成を目標としています。社会活動をするには、言葉をいくつ知っているか、文法がわかるか、ではなく、日本語で何が「できる」かが重要です。ヒューマンアカデミー日本語学校では「できる」ことに注目し、「学習者のプロフィシエンシーを育てる」ことを教育理念としました。そして、2014年に、CEFR(Common European Framework of Reference for Languages)の示したCan-do(「できる」こと)による言語能力6レベル(A1,A2,B1,B2,C1,C2の6段階、A:基礎段階の言語使用者 B:自立した言語使用者 C:熟達した言語使用者)のうちのA1、A2レベルの「できる」ことができるようになることを目標とした『つなぐにほんご初級1,2』(アスク出版)を作成しました。その後、『つなぐ日本語中級』『つなぐ日本語中・上級』を作成し、現在、社会活動に必要なB2レベルの日本語力の養成を目標として日本語教育を行っています。
日本語力を測るものとしては、日本語能力試験のN1~N5のレベルが有名で、広く使われています。しかし、日本語能力試験は筆記試験であり、我々が求める何が「できる」かに視点をおいた「日本語力」を測るのには適していません。折しも日本政府は、2018年12月に「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を出し、2019年に日本語教育推進法が施行されました。それにより、日本語で何が「できる」かという日本語力を示すことになり、CEFRのCan-do例示的能力記述文を参考にして、日本語の新しい基準が作られることになりました。遅ればせながら日本においても、ようやく「できる」に焦点をおいた日本語教育がスタンダードになりつつあると言えます。
「協働的学び」の面白さ
いま「協働的」という考え方が、教育だけではなく他のジャンルでも広がっていると聞きます。自分が何かを発言することで、相手が何かを感じ取り、返してくれる。それを繰り返すことで、自分の考えが明確になったり、新たな気づきがあったり、自分が感じていることをより深く、分かりやすく伝えられるようになったりします。この協働的学びを「協働学習」と言います。「協働学習」では、学習者同士が互いに話し合ったり、教え合ったりして、働きかけ合って、互いに学びを深めていきます。
先生が一方通行で教えるスタイルの「学び」には限界があります。私たちも小学校・中学校・高校の教育を受ける過程でたくさん教えてもらいましたが、今覚えているもの、必要に応じて今使っているものもありますが、忘れたものもたくさんあると思います。先生が教えることは、多分シャワーの水みたいなもので、そのほとんどが流れていってしまいます。でも協働学習であれば、学習が相手とのキャッチボールで進めることになるので、自分の手にちゃんとミットを持つ必要があり、そのミットで相手の言わんとすることを受け取る、受け取ったことを自分の考えを添えて投げ返す、ということになります。つまり、一方通行ではないのです。「協働学習」では、一緒に考える仲間、意見を交換する仲間がいることで、自分の考えが言語化され、明確になり、深くなりますし、同時に、新たな考え方を知ったり、新しい気づきが生まれたりすることが期待されます。
私たちが社会人として活動をするときに必要な力として、「社会人基礎力」が挙げられます。「社会人基礎力」とは、「地域社会や職場の中で多様な人々と共に仕事を行っていくうえで必要な基礎的な能力」と経済産業省より定義された「前に踏み出す力(アクション)」「考え抜く力(シンキング)」「チームで働く力(チームワーク)」の3つの能力の総称です。この力を養成するには、「先生が教えたことを覚える」学習ではなく、「自分で考え、自分で学ぶ」学習が必要です。
仲間と勉強や仕事をする時、お互いの得手不得手は違って当たり前。社会では凸凹な人たちが集まって一緒に生きていくわけです。そんな時に、周りとどういうコミュニケーションをとり、どういう人間関係を作るかというスキルを持つことがすごく大事です。さらに、そこでアイデアを出せる人であってほしいと思います。違う人たち同士がコミュニケーションをとって、アイデアを出すから、「気づき」があって「学び」がある。「協働的学び」にはそんな面白さがあると思います。
社会で通じる「学び」のスタイル
ヒューマンアカデミー日本語学校では、教師は「コーディネートをする人」「学習者の学習を支援する人」「ファシリテーター」だと言っています。例えると、教師は学生にとってのツアーコンダクターで、どんなツアーがお客様に合っているかを考え、お客様一人ひとりに楽しんでいただける環境を整える人です。「私が教える」「私が日本語を教えてあげる」という「先生」ではありません。
日本語教師の学習者へのかかわり方は、親が子どもがハイハイから立ち上がって手を離していくのを見守る過程に似ています。ヒューマンアカデミー日本語学校では、教師は学生に対し、初級の段階では学習を誘導し、手助けをしますが、中級からは、学習者同士が社会人としてのコミュニケーションをすることができる学習環境を整え、学習者の活動を見守り、必要に応じて助言するのが仕事になります。上級になると、教育・科学・心理・社会などそれぞれ専門性の高いジャンルを学ぶ授業になり、学習者が自分たちで何をどう学ぶかを考え、学習の進め方を提案し合いながら進めていきますので、教師はそれを支え、環境のコーディネートに徹することになります。この学習スタイルは、学習者に自立を求め、社会人としてどう振舞うかを学ぶ機会をつくることにつながりなります。例えば、グループ活動をする中で「あの人はできないから仲間に入れない」とか、「私はやりたくないから何にもしない」とか、そんな気持ちになることもあると思います。それは、自然なことだと思います。授業では、そう思ったときに、社会人としてどう振舞うか、どうコミュニケーションを取っていくかを学んでもらいます。自分にできること、あるいはできないことを仲間にどう伝えるか、伝えた上でどうしていくのか。これは私たちが職場や生活の場で常に直面する課題でもあり、社会人として必要なスキルだと思います。
そこで、もし先生がすべてお膳立てをして授業をしてしまうと、学生は安心して甘えてしまうことも多く、寝たり、休んだり、宿題をしてこなかったりもします。でも、クラスの仲間と自分たちの力で授業を進めるとなると、自分が甘える存在ではないことが分かるので、それなりにちゃんと行動しなければならないと思うようになります。実社会でも同じです。いわゆる「先生」がいるのは、学校だけです。社会に「先生」はいません。上司や先輩は、いっしょに仕事をする人であっても、側にいて常にどうしたらいいか教えてくれる「先生」ではありません。ということは、教室で「先生」とのやり取りを練習したって意味がない。「先生」の質問に答えるだけの授業は学習者の社会活動に必要なコミュニケーション力を養成することにはならない、ということです。
教室は、学習者のコミュニティーであり、実際に社会人として自分たちで考えて、自分たちで学びを進めていく場だというのが、私たちヒューマンアカデミー日本語学校が大切にしている考え方です。
▲30周年のロゴは、日本古来の「手毬」をイメージするともに多様な人種が行き交うさまを多彩な色でイメージされています。また30thの文字は信頼、誠実、知性などのイメージである青色で表現。
生きることは、学ぶこと
人間が他の生き物と違って進化し、高度なことができるのは「未完成で生まれてくるからだ」と言われています。もし立ってすぐ歩ける多くの動物のように完成された状態で生まれてくると、きっと新しい能力を習得しようと思わないでしょうし、脳が進化することも難しいのではないでしょうか。未完成だからこそ、環境に応じて色んなことを獲得していくことができる。となると、私たちが「生きる」ことそのものが「学び」ではないか、と思います。
そして、その「学び」には、価値があるもの、ないものという分け方はないと思います。どんな「学び」も、自分が次のステップをどう踏み進めていくのかにつながっています。そしてその「学び」の過程で、新しい自分を見つけたり、新しい世界を知ることもあります。だから、「学び」は面白いと思います。
学生にもよく言いますが、アルバイトで稼いだお金は、使えばなくなります。でも、学んでできるようになったことはなくなることはありません。これ以上の財産があるでしょうか。
今日の自分と明日の自分、あるいは数年後の自分について考えた時に、「学び」はきっと自分の新しい可能性を開いてくれると信じています。
<略歴>
辻和子 ヒューマンアカデミー日本語学校東京校 校長
著書に『まんがでまなぶにほんご会話』(ユニコム)『つなぐにほんご』シリーズ(共著:ask出版)、『にほんご90日』『ドリル&ドリル日本語能力試験』各シリーズ(共著:ユニコム)『改訂版 日本語教育能力試験に合格するための記述式問題40』(共著:アルク)などがある。
日本語教育学会、日本語教育方法研究会、日本語OPI研究会、ビジネス日本語研究会、会員