リカレント教育
ヒューマンアカデミー プログラミング/Web講座 SPECIAL CROSS-TALK
現代社会において、デジタル化の波はとどまることを知りません。
そんな時代をあらわす重要なキーワードが、「デジタルシフト」。その本質にあるものとは?
業界の第一線で活躍する3人のキーパーソンに、ヒューマンアカデミー代表の川上が話をうかがいました。
<川上>
今回は「デジタルシフト」をテーマに、デジタル業界の最前線で活躍される経営者の方々にお集まりいただきました。どうぞよろしくお願いします。
デジタルシフトですが、現在では使い方によっていろんな意味をもつ言葉になっています。ここでは、業務をデジタル化して作業効率を図る、というような一般的な意味合いで話をうかがっていこうと思います。
さて、このデジタルシフトですが、石原さんは普段どのように考えていますか?
<石原>
そうですね。私はもともとネットワーク関連のエンジニアなんですが、今は80人くらいのエンジニアチームを統括する仕事をしています。そこでは、人と組織をどうデジタルシフトするか?みたいなことをずっと考えていますね。
<川上>
人と組織をデジタルシフトする、ですか?
<石原>
ええ。組織をつくるのって、じつはソフトウェアをつくるのに似ていて、プログラミングするときと同じ感覚だったりするんです。
会社って、まずはメインのモジュールというべき基本的な組織を運営していくんですが、それとは別に、異なる目的をもったサブモジュール的な組織もつくって、同時に走らせていくんです。例えば、新規事業とか特別なプロジェクトとかですね。
で、サブで目的が達成できなくても、メインのほうでうまくいっていればいいです。そういう具合に、小さなサブモジュールをたくさん走らせて事業を成長させるにはどうしたらいいか?そんなことを日々考えながらやっているんです。
<堺>
その発想は、確かにプログラミング的ですね。
<石原>
なので、デジタルシフトというのは、実際にプログラミングのコードを書いたりすることよりも、人や組織、仕組みの設計に関わることだと、私はとらえています。
<川上>
このあたり、堺さんはどのように感じていますか?
<堺>
デジタルシフトを、どうとらえているか...。うーん。ご存知の通り、うちって創業以来デジタルな仕事しかやってないんで...。(笑)
<石原>
そりゃそうだ。(笑)
<堺>
僕のいるチームラボには、社員が700人ぐらいいるんですが、その大半がエンジニアというモノづくりの集団なんですね。創業から19年、ずっとデジタルなモノづくりを続けています。
やってきて気づくんですが、今ってデジタル化の波にうまく乗れている業界と、そうでない業界ってありますよね。デジタル化が進んでいない企業の特徴は、「デジタル=IT部門」ととらえていることだと思います。
世の中すべてのものがデジタルと無関係でいられなくなってきている中、会社も本当はすべての部門にデジタルは必要なのに、組織の構造がそれに対応していない。営業部門、店舗部門、そしてIT部門、みたいにデジタルの部署が独立しているんですよね。
<石原>
そういう組織の構造に対するジレンマは、私もすごく共感します。
<堺>
ですよね。その逆の成功例として、りそな銀行のアプリ開発の話をします。
りそな銀行では、そういう組織の枠組みを取り払って、さまざまな部門から人を集めて横断的な組織をつくり、社長直轄のプロジェクトを走らせていたんです。僕たちもそのプロジェクトの中で、りそな銀行アプリの開発に携わらせてもらいました。
結果的にこのアプリは大成功を収めました。グッドデザイン賞も受賞して、いまだに評価が高いんですよ。これは、組織の構造を超えたプロジェクト運営を行ったからこそ、成し得た成果だと思います。
<伊藤>
本当にそうですよね。石原さんや堺さんがおっしゃったように、デジタルシフトの本質って、組織や人に大きく関わるものだと思います。
<川上>
今はどの業界でも、少子高齢化による人材不足が深刻化していますよね。だから、一人の社員により多くの能力が求められ、現場の負担につながっている。
そんな状態で、IT投資によってシステムをリニューアルしても、現場には使いこなせる人がいないので、なかなか成果が出ない。そういった課題はよく耳にします。
そういう意味では、現場の業務をシンプルにして社員の負担を減らしたりとか、マネジメントの中間者を省いて意思決定と行動のスピードを上げるとか、そういう発想がデジタルシフトにつながっていくんじゃないかと思いますね。
<川上>
このように高度にデジタル化する社会で、今後、個人に求められる能力はどのようになっていくと思いますか?
<堺>
僕は、チームで協力して何かをつくったり、進めたりすることへの理解が、もっと大切になると思いますね。
わかりやすい例でいうと、データをつくるときにGoogleスプレッドシートを使うか、表計算ソフトを使うか、みたいなことです。もちろん、表計算ソフトのほうがいい場面もあるんですが。
<石原>
活動のベースが、チームか、個人か、という視点ですよね。チームで共有するのであれば、Googleスプレッドシートのほうが断然効率がいい。
<川上>
Googleスプレッドシートは、複数アカウントで同時編集・自動保存できる表計算ソフトですね。
<堺>
表計算ソフトで資料をつくって誰かがバージョン管理をしても、回覧しているうちにいろんなバージョンができてしまった。そういうことってよくあるじゃないですか。
<伊藤>
そういうミスが、大きなトラブルの元凶になることもありますよね。
<堺>
プログラミングが書ける/書けないという話以前に、メンバーと時間をシェアしながらモノをつくるとはどういうことか、効率的に利用するためにデータはどうあるべきか、そういう部分がわかっているのといないのとでは、全然違うと思います。
これはエンジニアに限った話ではなくて、営業やマーケティングの人にも、きっとそういう思考が必要になってくるはずです。
<伊藤>
その手の話でいうと、うちの会社でもこんなことがありました。
広告代理業は労働集約型のビジネスという側面もあるので、いかに作業を効率化するかが大事なんですが、ある営業の社員がGoogle Apps Scriptで業務を自動化したんです。
<川上>
Google Apps Scriptは、比較的簡単にプログラムが組めるプログラミング言語ですね。定期的に同じプログラムを自動実行させる、といったこともできるようになる。
<伊藤>
まさにそうです。それが完全にうちの業務フローを理解したうえでつくられていて、すごく評判がよかったんです。すると、ひとりのエンジニアがそれを拾い上げて、ちゃんとしたシステムにしてくれたんです。
すると、その後も同じようなことが起こるようになったんです。こういう自発的な融合が、よりよいデジタルシフトにつながっていくのかなと思いました。
<堺>
いいですね。組織の調子がいいときって、そんな感じですよね。
<石原>
会社のデータをひとつの場所にまとめて何でもできるようにします、みたいなパッケージのシステムってありますよね。私のところにも相談が来たりするんですけど。
そういうシステムって何だかすごそうに見えるから、トップダウンでよく導入したりします。でも、データがひとつの場所に集まっても、結局、組織が縦割りだとうまく使えないからあまり意味がないんですよね。
<堺>
ありますよね。さっきの、りそな銀行の逆パターン。
<石原>
そうそう。だから、顧客にどんな価値を提供するかという目的をまず決めて、そこから逆算してどんなデータをどう集めるのかを考える。そのうえで、それを最適化するための組織とプロセスを、既存のものとは別につくる。そういうやり方じゃないとやっぱり成功しないんですよ。
<川上>
人材教育の観点でいうと、今の社会人向けのIT教育ってリテラシーが中心になっていたりするんですけど、みなさんが言われるように、実際の現場ではプログラミング的な思考や能力が必要なんですよね。
このあたりは、これからのデジタル社会に求められる人材には、不可欠な要素になっていくように思いますね。
<川上>
さらにもう少し先の話をしたいと思います。
社会のIT化や自動化が進むことで、なくなってしまう仕事が出てくるといわれていますが、10〜20年後にも生き残っているのはどんな人だと思いますか?
<伊藤>
そうですね。デジタル広告代理店の仕事も、この5年で様変わりしました。以前は人の手で行っていたリスティング広告の入札もほぼ自動化され、人の手を介した業務自体が少なくなっています。
ルールやデータといったものベースになっている業務が、自動化に取って代わられやすいのかもしれないですね。
<堺>
うーん。新しいことって、ある分野とある分野の間だったり、複数の分野が融合した結果、生まれるものだったりしますよね。
自分がやることはこれと決めて、ひとつのことだけやり続ける人より、幅広く興味をもっていろいろやってみる人のほうが生き残りやすいような気がします。
一般的に「AIに奪われる職業/奪われない職業」と言われているものがありますが、どの職業が生き残るかなんて実際のところわからないですよね。
<伊藤>
確かに。20年後なんてまったく予想できないですね。
<川上>
石原さんは、どう思いますか?
<石原>
自分の組織の話になっちゃうんですが、「変なやつ」をちゃんと残そう、という方針にしています。
<川上>
「変なやつ」(笑)。どういうことでしょう?
<石原>
うちのエンジニアには、「課題を解決できるエンジニア」と「課題を発見できるエンジニア」という2種類がいます。「課題を解決できるエンジニア」が大多数を占めるんですが、みんなすごく優秀です。ちゃんと成果を出して、お金も稼いでくれるんですね。
一方、「課題を発見できるエンジニア」は普段は遊んでいるんですよ。(笑)
いろんなところに出かけては新しいものを見つけてきて、「こんな面白いものがあったよ」って共有してくれるんです。でも、まったくといっていいほど成果を出さない。(笑)
<堺>
あー、いますよね。そういうタイプ。(笑)
<石原>
でも、そういうエンジニアが1〜2割ぐらいいると、新たな課題に挑戦するための勢いをつくることができたりするんですね。
つまり、課題解決に向けて計算する力も必要なんですけど、これからは知的好奇心も重要になってくるんじゃないかなって思います。
<堺>
まあ、IT業界でも技術の流行り廃りがあって、例えばクラウドのような新しい技術が出てくると、古い技術でやってきたエンジニアが食えなくなる、みたいなことはありますよね。
でも、そこで悲観するんじゃなくて、新しいものをちゃんと受け入れられる人。そして、すごい!とか面白い!って思える人。つまり、何にでも興味をもって楽しめる人が生き残っていくんじゃないかと思います。
<伊藤>
そうですよね。既存の技術の上にあぐらをかいているようでは、あっという間に淘汰されます。人としてアップデートを重ねていくことが、ますます重要になってくるでしょうね。
<川上>
だから、これからは「なぜ」を大事にする教育が大切なんですよね。いろんな物事に対して疑問を見つけ、それを解決する方法を考える。そういう思考を身につけている人は、今後もずっと活躍できるように思います。
<川上>
実際に社員を採用する際、みなさんはどういうところを重視しているのですか?
<伊藤>
うちの場合、企業理念が地方活性化や中小・ベンチャー企業支援なので、そこと合致する想いをもつ人だけを採用していますね。
たとえば、地方にはあまり知られていないけど、ユニークで素晴らしいものがたくさんあるんです。それをデジタルの力で世に出して活性化させたい、という社員が多いんですよ。
実家が地方の鰹節の会社という社員は、うちでデジタルマーケティングを学んで、将来は家業に活かしたいと考えていたりするんです。
<川上>
入社志望者は、やっぱりプログラミングができる人が多いんでしょうか?
<伊藤>
いろんな人が面接に来てくれますが、確かに最近は、学校でプログラミングをやっていたという人が結構多いですね。実際、新卒入社の半分くらいがプログラミング経験者だったりします。コミュニケーション能力が高いというような人より、最近はそういう具体的・実践的なスキルをもった人のほうが活躍しているイメージがありますね。
<川上>
なるほど。結果的には何かしらの技術をもっている人が入社していると。
石原さんは、そのあたり、どんなところを見ていますか?
<石原>
私の場合は、お互い不幸になることも多いので、スキルだけで採用することはしないですね。
企業文化に合っているか、絶対外せない共感ポイントがその人にもあるかは、必ず見るようにしています。
<堺>
その視点は大事ですよね。
<石原>
個人的に求めている人材像は、「誠実な野心家」です。会社が着実に成長するには、やっぱり成果を一つひとつ積み上げることができる人の力が必要ですから。
会社には「つくる人」と「売る人」がいます。「つくる人」であるエンジニアはコストになりうるんですが、社員の何割をエンジニアにすると決めたら、絶対にその分の採用はするようにしています。会社に必要な存在ですからね。
<堺>
僕は、チームでモノをつくれるか、協調できるかどうかを重視しています。
自分はこの分野に強いけど、別の分野に強みをもつ人もいる。そういうところに好奇心をもてるかが、ポイントですね。
無意味にマウントをとるような人は採用しないことにしています。だいたい話してみるとわかりますね。主語が「俺が俺が」になりがちなので。(笑)
<伊藤>
チームワークを乱しそうな人は、やっぱり採りづらいですよね。
<堺>
そう。とくにモノづくりがしやすい環境をつくっていくカタリスト職の人材は、デザイナーやエンジニアをリスペクトできるかが、とても重要です。
デザイナーやディレクターを軽視し、自分がすべて仕切ってやろうとすると、結果的に仕事のクオリティが下がってしまいますから。
<石原>
まわりに合わせるという意味ではなくて、どうすれば自分やメンバーが最大限の力を発揮できるか。そこを考えながら、協調し、行動できる人が、やっぱり必要とされる人材なんですよね。
<川上>
プログラミングのスキルなどは確かにあったほうがいいけど、大事なのはチームの力を高めるために、いかに自分の能力を活かせるかということなんですね。
人材教育の面からも、このような視点は非常に参考になります。また、これからデジタル業界に進みたいと考えている人たちにとっても、たくさんのヒントがつまったお話だったのではないでしょうか。
大変有意義な時間でした。本日はお忙しい中、ありがとうございました。